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不登校のトンネルを抜けるための13のヒント 第2回

目次

不登校の子を支える母親が、先に壊れてしまわないために


今日も私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。

心から感謝申し上げます。


不登校のトンネルを抜けるための13のヒント、その2つ目のテーマとして、今日は「お母さん自身のこと」を一緒に考えていきたいと思います。

お子さんが学校に行けなくなってから、どれくらいの時間が経ったでしょうか。

一週間でしょうか。三か月でしょうか。それとも、もう一年を超えていらっしゃるでしょうか。

気づけば、お母さんの方が限界に近かった

朝、目覚まし時計が鳴るずっと前から、お母さんはもう目を覚ましていらっしゃるのではないかと思います。

窓の外が少しずつ白んでくるのを見つめながら、「今日こそは制服を着て起きてくるかもしれない」という細く頼りない期待と、「今日もまた、あの固く閉ざされたドアの前に立たなければならない」という重苦しい絶望感が、胸の中で激しくせめぎ合っているのです。

静かに布団を抜け出し、重い足を引きずるようにしてキッチンに立ちます。

誰が食べるかもわからないお弁当箱にご飯を詰めながら、耳だけは二階の子ども部屋の小さな物音を必死に探っている、そんな張り詰めた朝をお過ごしではないでしょうか。

そんなときに、ネクタイを締めながらご主人が放つ無造作な一言があります。

「あいつは今日も休むのか。お前が甘やかすからこうなるんだ」

反論する気力すら湧かず、ただうつむいて「いってらっしゃい」と玄関で見送るしかありません。

重いドアが閉まった瞬間、大きなため息がこぼれ落ち、立っていられないほど全身の力が抜けていくのを感じておられるはずです。

朝八時を過ぎると、今度は学校への欠席連絡という、胃がキリキリと痛むような仕事が待っています。

スマートフォンの画面を見るだけで、あるいは受話器を持つ手が、無意識のうちに震えていることもあると思います。


最近では、メールやアプリで連絡できる学校も増えました。

それでも、そのメッセージを送るときの気の重さは、少し楽になったという程度で、本質的な辛さは変わりません。

電話をかけて、先生からの「お母さんも毎日大変ですね。家庭で何か変わったことはありませんか」という気遣いの言葉さえ、心が削られているお母さんには「あなたの育て方に問題があるのではないですか」と責められているように聞こえてしまう、ということがあるのです。

職場では何事もないような明るい笑顔を作り、与えられた責任を果たしていらっしゃいます。

周りの同僚たちが、子どもの部活の活躍や塾の成績の話で盛り上がっている声が耳に入るたび、心の中を見透かされないように必死に笑顔を保ちます。

しかし、頭の片隅には常に、誰もいない薄暗い部屋で一人布団を被っているお子さんの姿が貼り付いて離れません。

スマホを見ては、学校からの着信や子どもからのSOSがないかを確かめ、ほっとすると同時に、今日も何も前進していないという言いようのない虚しさが湧いてくるのです。

本当に、倒れずに毎日を過ごしておられるだけで、素晴らしいことなのです。


夕方、重い足取りで帰宅し、玄関を開けても、家の中は朝と何も変わっていません。

リビングのテーブルにはお菓子の空き袋が散らかり、お子さんは朝と同じパジャマ姿のまま、黙々とゲーム画面を見つめ、「お帰り」の言葉もありません。

その丸まった背中を見つめながら、「どうして私ばかりがこんなに苦しい思いをしなければならないのか」という行き場のない怒りと深い悲しみが渦巻き、どう声をかけていいのか分からなくなってしまうと思います。

さらに、そんなお母さんの足元に、下のお子さんが「お母さん、今日学校でね」と無邪気に駆け寄ってきたりします。

しかし、心に余裕がないお母さんは「今忙しいから後にして!」と強い口調で突き放してしまい、その後のハッとした寂しそうな顔を見て、激しい自己嫌悪に陥る。 不登校のお子さんへの心配だけでなく、きょうだいへの罪悪感も、お母さんの肩に重くのしかかっているのです。

お母さんは、家族の中で唯一、「全員の状態」が見えてしまう場所に立っています。

子どもの顔色、お父さんの機嫌、きょうだいの寂しさ、ご近所の視線、学校からの連絡、職場での気遣い。 誰よりも神経をすり減らす過酷な場所にいるのに、「お子さんは大丈夫ですか」と聞かれることはあっても、「お母さん、あなたは夜眠れていますか」と聞いてくれる人は、ほとんどいないのです。

私のところにご相談に来られたお母さんで、こうおっしゃった方がいらっしゃいました。 「先生、私、最近、夕方になると涙が止まらないんです。理由はないんです。ただ、台所に立っていると、ふっと出てくるんです」

その方は、ご自分の体調の変化に気づかれるのが、ずいぶん遅くなっていらっしゃいました。

眠りが浅くなっていること、食欲が落ちていること、最後に声を出して笑ったのがいつだったか思い出せないこと。

それらを伺いながら、私は「お母さんの方が、もう相当ぎりぎりに来ていらっしゃるな」と感じたのです。

不登校という出来事は、お子さんの問題のように見えて、実は家族全体の問題として現れます。

そして、その真ん中で、一番長く、深く、状況を引き受け続けているのが、お母さんなのです。

お母さんの中にある、もうひとつの声

お子さんが不登校になられてから、お母さんの頭の中は、おそらくこういう声でいっぱいなのではないかと思います。

「明日は学校に行けるかな」
「私の関わり方が、どこかで間違っていたのかな」
「もっと早く気づいてあげられていたら」

これらの声は、お母さんが、お子さんを深く愛していらっしゃる証拠です。

ただ、私が長くこの仕事をしてきて確信しているのは、お母さんの中には、もうひとつ、ほとんど誰にも聞かれていない「心の奥底の声」があるということです。

「本当は、私だって逃げ出したい」
「誰かに、私の苦しみを黙って聞いてほしい」
「もうこれ以上、頑張れない」

この声を口にすることは、母親失格の烙印を押されるような気がして、お母さんはたいてい、必死に押し殺していらっしゃいます。

「こんなことを思う私はダメな母親だ」と、さらにご自分を追い込んでしまわれます。


しかし、この押し殺した心のSOSこそが、お母さんが壊れてしまわないための、非常に重要なサインなのです。

人は、ご自分のしんどさを「しんどい」と認められたときに、ようやく回復の入り口に立てます。

逆に、「私はまだ大丈夫」とご自分の声を無視して無理を続けると、ある日、本当に心と体が動かなくなってしまいます。


これは脅しで申し上げているのではありません。

お母さんが先に倒れてしまわれたことで、結果としてお子さんの回復が大きく遅れてしまったご家庭を、私は何度も見てきました。

お母さんが入院された後、お子さんの状態がさらに悪化するということが、実際に起こるのです。

お母さんがご自分を守ることは、わがままや自己満足ではなく、お子さんの回復のための土台づくりそのものだ、と言えます。

不登校のお子さんは、自分の部屋に閉じこもってゲームばかりしているように見えるかもしれません。

しかし実のところ、お子さんはお母さんが想像する以上に、家の中の空気を敏感に感じ取っています。

リビングでつく深いため息、階段を上り下りする足音の重さ、食事を作るときの暗く沈んだ背中の空気を、レーダーのように感知しているのです。

そして、「お母さんをこんなに苦しませているのは、学校に行けない自分のせいだ」と、心の奥底で自己否定感を強めています。

時には、お母さんに対してきつい暴言を吐いたり、物を投げたり、完全に口を閉ざしてしまったりすることもあります。

そのトゲのある言葉や態度の表面だけを真正面から受け止めてしまうと、お母さんの心はあっという間に擦り切れてしまいます。

そうではなくて、その荒々しい表面の少し奥にある、お子さんが本当に伝えたかったであろう小さな震えに、ふと耳を澄ませてみる。

「こんなにダメな自分でも、お母さんは絶対に見捨てないでいてくれるだろうか」という強い不安や、「自分でも自分の感情をどうコントロールしていいか分からない」という声なき恐怖が、そこには隠されています。

同時に、お母さんがつい余裕をなくしてきつい言葉をかけてしまったり、感情的に振る舞ってしまったりすることもあると思います。

どうか、ご自身を責めないでください。お母さんが発してしまう言葉の奥底にも、わが子を助けたいという必死の願いや、誰にも頼れない絶望感が隠れています。

私はその言葉にならない悲痛な想いを、いつでもそのまま受け止めたいと思っています。

お母さんご自身の心のコップが空っぽの状態では、お子さんの繊細な想いを受け止める余裕など、生まれるはずがないのです。

お母さんが少し息を整えて、心に隙間があるときの方が、お子さんのちょっとした表情の変化や、ぽろっと出た一言の意味が、自然とすっと入ってくるものです。

つまり、お母さんが休むことと、お子さんを理解することは、別の話ではありません。むしろ、完全にひとつながりの話なのです。

ご主人との間に生じる温度差も、お母さんの心を大きく削っていく原因です。

ご主人は心配するあまり、すぐに「解決策」を求めて「無理にでも学校へ連れて行こう」といった極端な意見を出しがちです。

お母さんが求めていらっしゃるのは、ただ共感し、一緒に寄り添ってくれることなのに、このすれ違いがお母さんを孤立させていきます。

この孤立無援の構造を、少しだけ崩していく必要があります。

今日から、ひとつだけ降ろしてみる

「休みましょう」と言われても、現実にはそんなに簡単に休めないというのが、本当のところだと思います。

お父さんとの関係、下のお子さんのこと、お仕事の責任、学校とのやりとり。

これらが全部、お母さんの肩の上に重く乗っているのですから。

ですので、今日は、「全部降ろす」のではなく、「ひとつだけ降ろす」という考え方をお伝えしたいと思います。

紙でもスマートフォンのメモでも構いません。

今お母さんが抱えていらっしゃる家事や役割を、思いつくまま書き出してみてください。

  • 「朝、子どもを起こす」
  • 「学校への欠席連絡」
  • 「お父さん(夫)への状況説明」
  • 「夕飯作り」
  • 「お風呂の用意」
  • 「仕事の引き継ぎ」

書き出してみると、驚くほどの数になります。

その中で、「これは、今週は手放しても、誰も困らない」というものを、一つだけ選んでみてください。

たとえば、毎朝の欠席連絡が一番の負担なら、週に一度のメール連絡に変えてもらうよう、先生にお願いしてみる。

夕飯を毎日手作りすることが苦しいなら、今週はお惣菜やレトルトに頼る日を作ると、ご自身に許可してあげる。

お父さんに今日の様子を説明することで口論になるなら、今夜は報告をやめてみる。

たった一つでいいのです。

それだけで、お母さんのピンと張り詰めていた心の糸が、少しだけ緩みます。


「子どもが苦しんでいるのに、私だけが息抜きをしていいのだろうか」と、強い罪悪感を抱くお母さんも本当に多くいらっしゃいます。

その罪悪感は、お子さんのことを一番に考えて生きてこられたという、何よりの愛の証拠です。


ただ、お母さんが穏やかな表情で温かいお茶を飲んでいらっしゃるというだけで、お子さんは「自分はここにお母さんと一緒に息をしていてもいいんだ」「自分は家族を不幸にするだけの存在ではないんだ」という安心感を取り戻していきます。

お母さんがご自身を大切にする姿を見せること自体が、お子さんへの最大のプレゼントになります。

そして、もうひとつ、お願いしたいことがあります。

お母さんのしんどさを、ご家庭以外の第三者に、話してみていただきたいのです。

ご家庭の中だけで、お母さんのお力だけで解決しようとすると、お母さんの心がただすり減っていくだけになりかねないのです。

そのような時は、専門家という第三者の存在を頼ることが必要になります。

ご家庭という密室に、専門家という新しい風が入ることで、ガチガチに絡み合っていた糸がふっと解けることが多々あります。

誰かの力を借りる勇気は、育児を投げ出したことにはなりません。

むしろ、お子さんを救うための非常に前向きな一歩なのです。

お母さんが少し肩の力を抜かれた日は、お子さんもどこかでほっとしているものです。

どうか、お母さんご自身を、今日から少しだけ大事にしてあげてください。


もし今、誰にも話せない苦しみを抱えていらっしゃるのでしたら、一人で悩まないでください。

お悩みの方は、個別にご相談ください。

お子さんの笑顔を取り戻すための道を、一緒に探していきたいと考えております。


あわせて読んでおきたい記事として、こちらをおすすめいたします。

ご家族が元気になる過程を考える 不登校からの卒業(4)

https://note.com/keisuke_tani/n/nf181b6a54109


次回は、お子さんが不登校になられて、お母さんの多くが経験される「一日中ゲームをしているわが子。『止める』べきか、『見守る』べきか」ということについて、お話ししたいと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。

どうぞ今日も良い一日でありますようにお祈りしております。

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