自己肯定感の崩壊と、あるひきこもり7年からの軌跡
今日も私のブログにお越しいただき、ありがとうございます。
感謝申し上げます。
私立中学に合格されたのに、次第に学校へ通えなくなってしまう子どもたちのことを、今日もまた考えています。
お子さまの苦しまれるお姿を、すぐそばで見続けていらっしゃるお母様にとって、これほどお辛いことはないと思います。
ご家庭で「うちの子に限って」と思われていたお母様ほど、足元が崩れるような感覚を味わわれます。
本当に、胸の張り裂けるようなお気持ちのことと思います。
前回は、学習の遅れによる焦りから学校へ通えなくなる背景には、小さい頃から「いい子」として育ってこられたという根の部分があるのです、というお話をさせていただきました。
今日は、その「いい子」の限界を超えてしまったとき、お子さまの内側で何が起きているのかを、ある教え子の軌跡を通してお伝えしたいと思います。
「風邪をひいて一日休んだら、次の日から行きにくくなってしまって」という言葉を、私はこれまで何度も伺ってきました。
ただ、これはあくまで目に見える「きっかけ」に過ぎないのです。
コップの水が溢れ出る最後の一滴であっただけで、水はすでに、ずっと前から満杯になっていた、ということなのです。
ある教え子の話
私が支援した子どもたちの中で、不登校になった子どもたちは、どの子どもも関わる時間が長いこともあり、どの子どもも印象に残っているのですが、その中でも、ものすごく勉強熱心だった二人の子どもがいます。
一人は理学博士りなり、旧帝国大学の一つで教授として後進の指導をしています。
もう一人は、今、海外の大学で、工学博士として教官を務め、最先端の研究を続けています。
その海外の大学で最先端の研究を続けている子どものことをお話ししたいと思います。
仮にT君と呼ばせていただきます。
彼は中学受験で、兵庫県の最難関中学の一つに合格しました。
けれども中学一年の途中から学校に行けなくなり、中学二年の終わりにその学校を退学し、それから七年間、自宅に引きこもることになりました。
私が彼と出会ったのは、もう高校を卒業している年齢になってからのことでした。
初めてお会いしたとき、T君はとても礼儀正しく、穏やかで、聡明な若者でした。
こんな若者が、なぜ七年もの間、社会から身を隠さなければならなかったのか。
中学受験のはるか前から、どれほど精神的に追い詰められていたのかと思うと、本当に、残念でなりませんでした。
T君とは、彼が私のところを巣立つまでに、日本の歴史、教育、経済、科学のことまで、時間を忘れて語り合いました。
昨年、日本に帰国された折にも、わざわざ私を訪ねて来てくれて、また長い時間、お話をしました。
そのときT君が、中学受験の頃を振り返って、こう話してくれたのです。
「中学で不登校になったときは、自分はダメな人間なんだと感じてしまって、自己肯定感を持つどころではなかったです」
私が「自己存在感はどうだったの」と尋ねると、T君は静かにこう言いました。
「そんなものじゃなかったですね。自己存在そのものを否定していました」
ということは、自分がここに在っていいのかどうか、その根っこの感覚までもが、崩れてしまっていた、ということなのです。
「中学受験の前から、ずっとぎりぎりのところで踏ん張っていて、合格してからもまた必死で、結局、心が疲れ切って、七年も家から出られなくなりました」
T君は、そう振り返ってくれました。
なぜ、ここまで追い詰められてしまうのか
T君のように、優秀で、礼儀正しく、ご家族からも周囲からも愛されている子どもが、なぜそこまで自己を否定してしまうのか。
これは、子ども個人の弱さの問題では決してないのです。
ここに、教育構造としての中学受験が持つ難しさがあります。
私立中学の入試は、限られた席を奪い合う構造になっています。
ということは、お子さまは塾に通い始められた瞬間から、「比較される自分」「順位で語られる自分」を背負わされるのです。
そして十歳前後というのは、発達心理の上では、自分を客観視する力が育ち始める一方で、まだ自己評価の基準を「他者からの評価」に大きく依存している時期にあたります。
この時期に、模試の偏差値、クラス分けの結果、合格判定といった数字で繰り返しご自分を測られると、お子さまの内側では「数字が低い自分は、価値が低い」という回路が、静かに、しかし確実に作られていきます。
さらに、脳科学の観点からも、長期にわたる強いストレスの影響は見過ごせません。
慢性的なプレッシャーは、脳の扁桃体という、不安や恐怖を感じる部位を過敏にし、逆に前頭前野という、感情を整え、自分を励まし、見通しを立てるための領域の働きを抑制してしまうことが知られています。
前頭前野が働きにくくなるということは、お子さまご自身の力で「もう少しがんばろう」と思い直すことが、神経のレベルで難しくなってしまう、ということなのです。
その結果、「今回のテストが悪かった」という一つの事実が、「自分はダメな人間だ」という全人格的な否定へと、短絡的に結びついてしまいます。
脳が疲弊し切った状態では、立て直すためのエネルギーすら残っていないのです。
ここに「いい子」という気質が重なります。
お子さまはご家族の期待に応えようと、必死でご自分を奮い立たせます。
無理に無理を重ねて合格を勝ち取られたあと、入学後にはさらに激しい競争が待っています。
自己肯定感はさらに下がり、やがて自己存在感そのものが感じられなくなり、ある日、学校に通えなくなるのです。
不登校やひきこもりは、わがままや甘えなどでは決してありません。
それは、お子さまの脳と心が、ご自分の命を守るために発動された、緊急避難のような働きなのです。
「悪気のないご家族」という、最もお辛い構造
T君は、ご自分がそこまで追い詰められた原因を、お母様だと、はっきりとおっしゃっていました。
これは、お母様を責めるお話では決してありません。
むしろ、T君のお母様は、誰よりも息子のことを思い、誰よりも息子の将来を案じておられた方でした。
ただ、「お子さまのために」と思って続けてこられたことが、お子さまの内側では、別の意味として受け取られていた、ということが、本当に、あるのです。
お子さまが見せてくれる態度や口にされる言葉が、お子さまの内側のすべてを表しているわけでは決してありません。
「もう大丈夫」「平気」「がんばれる」という言葉の奥に、まったく逆の気持ちが息をひそめていることが、本当にあるのです。
お母様が、お子さまのご様子に「あれ」と感じられたときには、その「あれ」を、どうかご自分の中だけで打ち消さないでいただきたいのです。
七年という時間と、回復への兆し
T君の七年間は、外から見れば「ひきこもり」という一言で片づけられてしまう時間です。
ただ、その内側でT君が経験されていたのは、自分という存在をもう一度ゼロから組み立て直す、という、本当に静かで、本当に苦しい作業でした。
「一歩間違えば、命を落としていたかもしれない」
T君ご自身が、そう振り返っています。
その絶望の淵にあった彼が、どのようにして再び前を向き、世界の最先端で研究を続ける工学博士になれたのか。
そこには、ご家族の関わり方の大きな変化がありました。
ご家族は、無理に学校へ戻そうとしたり、原因を追及したりすることをやめ、ただT君の存在そのものを無条件に受け入れる姿勢を示し続けました。
極度のストレス状態にあった脳が休息を得て、「ここにいていいのだ」という絶対的な安心感を感じられたとき、閉ざされていた前頭前野の機能が静かに回復を始め、本来の知的好奇心とエネルギーが蘇っていったのです。
この回復プロセスにおける具体的な関わり方や、家族が変わるためのステップについては、今後の回(第8話など)で詳しくお伝えしていきます。
中学受験そのものを否定するつもりは、もちろんありません。
中学受験を通じて、力強く伸びていかれるお子さまも、たくさんいらっしゃいます。
ただ、お子さまの「いい子」の奥に、無理を重ねている小さな気配がないかどうか。
合格という結果の手前で、お子さまご自身がどんな表情をされているか。
そのことだけは、どうかお母様の目で、見つめ続けていてあげていただきたいのです。
お子さまのことで、夜にお一人で考え込まれてしまう日もあると思います。
仕方がないこと、と片づけてしまわず、どうぞ一人で悩まないでください。
お母様がご自分のお気持ちを言葉にされるだけでも、見えてくるものが必ずあるのです。ご相談は、いつでもお受けしております。
最後までお読みいただきありがとうございました。
どうぞ今日も良い一日でありますようにお祈りしております。
次回:第5話──学習スピードに追いつけない構造。私立中学の授業は、なぜそれほど速いのか
私立中学で不登校になられたお子さんとご家族の個別相談を承っております。
お子さんの「自己肯定感が崩れてしまったのではないか」というご不安、そして「このまま見守るだけでいいのか」という焦り。そのお気持ちを、まずは言葉にしていただくところからお手伝いいたします。T君のように、長い時間を経て再び歩き出されたお子さんもいらっしゃいます。今、お子さんに何が起きているのかを、一緒に整理してまいりましょう。
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