中学受験・不登校でお悩みのお母様へ 個別相談はこちらから

不登校のトンネルを抜ける13のヒント 第8回

目次

やっと動き出したのに、また止まった。再登校後の揺り戻しはなぜ起こるのか

今日も私のブログにお越しいただき、ありがとうございます。

感謝申し上げます。

朝、玄関先で靴を履いたまま、じっと動けなくなっている我が子の後ろ姿を見つめるとき、胸が締め付けられるような痛みを覚えるお母さんは少なくありません。

やっとの思いで学校へ一歩を踏み出し、親子で「これでトンネルを抜け出せるかもしれない」と安堵したのもつかの間、数日後に「やっぱり行けない」と再び布団から出てこなくなる。

その瞬間に崩れ落ちるような絶望感と、言葉にできない孤独感に襲われるお母さんの心に、まずは静かに寄り添いたいと思います。


「私の対応が早すぎたのだろうか」「あの時の私の余計な一言が、この子を傷つけてしまったのだろうか」と、自分を激しく責めてしまうお母さんも本当に多いのです。

ただ、決して自分を責めないでください。

この急な立ち止まりは、誰の対応が間違っていたから起こるというものではありません。

そこには、一生懸命に前を向こうとした親子の歩みがあるからこそ生じる、心と体の自然な仕組みが存在するのです。


学校に向かって動き出すとき、子どもたちの内面には非常に複雑な想いが渦巻いています。「これ以上みんなから遅れたくない」という焦りや、「お母さんを安心させたい、喜ばせたい」という、周囲を思いやる優しい気持ちが、彼らの背中を強く押しているのです。

しかし、これは必ずしも心のエネルギーが十分に溜まった状態での動き出しとは限りません。

すり減った心のバッテリーを無視して、お母さんの笑顔のために、体に鞭を打って無理に動いている本音が隠されていることも多いのです。

だからこそ、再び足が止まる瞬間の本人の心理は、言葉にできない恐怖と葛藤に満ちています。

「やっぱり体が動かない」「教室のあのざわざわした空気を想像するだけで、足がすくんでしまう」という恐怖があります。

そして何より、「一度行けたのだから、次も同じように行かなければならない」という、周囲からの目に見えない期待のプレッシャーが、本人の肩に重くのしかかります。

頑張れたはずの自分が、また頑張れなくなってしまったという深い自己失望と、家族に迷惑をかけているという罪悪感で、子どもの心は引き裂かれそうになっているのです。


この現象は、言わば「心の筋肉痛」のようなものなのです。

骨折をして長くギプスをはめていた状態を想像してみてください。

ギプスが外れた初日に、いきなり全力疾走をすれば、翌日には激しい筋肉痛が襲ってきて動けなくなるのは当然のことだと思います。

これと同じように、不登校という休息期間を経て動き出したばかりの心は、学校という刺激の強い場所で、想像以上のエネルギーを消費しています。

揺り戻しが起こるということは、子どもが自らの歩幅を調整し、心が順調にリハビリを行っているという、大切な回復のプロセスの一部なのです。

ここで、あるご家庭の物語に少し耳を傾けてみたいと思います。

中学受験を経て念願の学校に進学したものの、中2の春から学校に行けなくなってしまったS君の事例です。

半年間の自宅療養を経て、S君はある朝、久しぶりに笑顔で「行ってきます」と校門をくぐることができました。

お母さんは涙が出るほど嬉しく、家の中で「やっとこれで元に戻る」と胸をなでおろしました。

しかし、学校の教室という場所は、S君にとって想像以上に気を張り続ける場所でした。

周りの会話に無理に合わせて笑顔を作り、ノートを必死に取る数時間の中で、彼の神経は限界まで張り詰めていたのです。


3日後の夜、自室で翌日の準備をしながら、S君は急に無口になりました。

そして翌朝、どれだけ起こしても布団から出られなくなってしまったのです。

焦ったお母さんは、何とか玄関までS君を連れていきましたが、靴を履いたまま玄関マットの上でうつむき、一歩も動けなくなってしまったS君の後ろ姿を見て、つい「せっかく行けたのに」と言葉を漏らしてしまいました。

S君は「ごめんなさい」と小さく呟き、部屋に閉じこもってしまいました。

お互いに深く傷つき、リビングで一人静かに涙を流すお母さんの姿がありました。


このようなとき、問い詰めてしまったり、無理に励ましたりしてしまうのは、お母さんの中に「またあの暗いトンネルに戻ってしまうのではないか」という強い不安があるからであり、仕方がないことなのです。

ただ、親側の「明日も行けるはず」という強い期待は、子どもにとって「二度と休めない」という、非常に窮屈な見えない檻になってしまうことがあります。


この揺り戻しの時期、子どもの様子をどのように見守ればよいのか、その優しい見立ての基準を整理しておきたいと思います。

ここからは少し踏み込んだ話をします。

ほとんどのご家庭には当てはまらないかもしれませんが、念のため知っておいていただきたいことです。


まず、見守ってよい「自然な波」としてのサインがあります。

朝起きたときに「眠い」「ちょっとしんどいな」とため息や愚痴をこぼすのは、自分の本音を外に吐き出せている良い兆候です。

「行きたい気持ちはあるけれど、体が重くて動かない」と、心と体のギャップをごまかさずに言葉にできている状態も心配ありません。

また、登校後に帰宅して泥のようにぐっすり眠ったり、静かに一人になりたがったりするのも、学校でエネルギーをしっかり使ってきた自然な疲労回復の姿です。


一方で、少し立ち止まって、専門家や第三者の知恵を借りる「優しく軌道修正を考えるサイン」もあります。

まず、以前は多少眠れていたのに、眠りにつく時間がだんだんと遅くなり、朝どうしても起き上がれなくなる日が数日以上続くような睡眠リズムの変化です。

また、朝になると頭痛や腹痛、微熱などの身体症状が繰り返し現れ、休むと決めた途端にスッと落ち着く状態も注意が必要です。

これは甘えではなく、体からの最優先のブレーキ機能なのです。

さらに、自分の爪をじっと噛み続けたり、物に対して荒々しくなってしまったり、「自分なんていなければいいのに」と、心に溜まった痛みを涙ながらに、あるいはぽつりとこぼしたときは、一人で抱えきれない重荷を降ろしたいという大切な心のサインです。

このときは、決してお母さんが一人で抱え込まず、スクールカウンセラーやかかりつけの小児科、心療内科、または私たちのような専門のカウンセラーという味方を、お母さんのための伴走者として頼ってください。

朝、再び動けなくなった「今日の対応」としては、子どもに対して「どうするの?」と選択を迫る問いかけを一度ストップしてみることをお勧めします。

そして、「今日はお休みにしよう。お母さんから学校に連絡しておくね」と、親の側から先にブレーキを踏んであげる引き算の関わりを意識してみてください。

また、学校との連携においても、相談する際はあれもこれもと欲張らず、今一番困っていることを一つだけ伝えることを心がけてみてください。

その際、以下のテンプレートのように、具体的かつ簡潔に学校側にこちらの希望を共有することをお勧めします。

【出席扱いや別室登校のステップを踏みたいときの伝え方】

「先生、いつも温かく見守ってくださりありがとうございます。本人は『みんなと同じように教室に行きたい』という気持ちを強く持っているのですが、まだ心の体力が追いつかない日もあるようです。焦らずに少しずつ学校の空気に慣らしていくために、まずは『週に〇日、保健室(または相談室)で1時間だけ過ごす』、あるいは『オンラインで朝の会だけつなぐ』といった形で、本人の歩幅に合わせたスモールステップからリハビリを始めさせて頂くことは可能でしょうか。その際、出席の扱いや連携について、どのような手続きができるかアドバイスをいただけますと幸いです。」

【短時間登校や部分登校から慣らしたいときの伝え方】

「本日の登校についてご相談です。本人は学校に行きたいと申しているのですが、エネルギーの残量を考え、今日は『5限目の大好きな美術の授業だけ受けて下校する』、または『放課後に担任の先生と少しだけお話しして宿題を受け取る』という形で、負担を最小限に抑えて参加させたいと考えております。本人にとっても『短時間でも行けた』という小さな自信につなげたいため、このような変則的な登校形式になりますが、お受け入れいただけますでしょうか。これは今の一時的な調整です。」

【毎朝の出欠連絡ルールを提案したいときの伝え方】

「毎朝の出欠確認でお手数をかけてしまい、本当に心苦しく思っております。これからしばらくは、登校の様子に波がある時期が続くと予想されます。そこで、毎朝の電話連絡による先生のご負担とお互いの負担を少しでも減らすために、例えば『前日の夜、または当日の朝〇時までに、連絡ツール(またはメール)にて、今日の登校予定を簡潔に一言お送りする』というルールに統一させていただくことは可能でしょうか。急な変更がある場合のみ、こちらからお電話させていただきます。」

まずは「相談した」という事実そのものが、次への確かな足がかりになります。

このような家庭と学校の調整を進める上で、家族内での役割分担も非常に大切になってきます。

特に「早く学校に戻したいお父さん」と「本人のペースに寄り添いたいお母さん」との間で方針が対立し、お母さんだけが対応の最前線に立ち続けて消耗してしまうケースが本当に多いのです。

お父さんには、直接指導する熱血な指導者としての役割を一度手放してもらい、プロセスの頑張りを静かに承認し見守る「一歩引いたサポーター」へとシフトしてもらうことが求められます。

お父さんに対しては、「子どもへの対応は、今日の対応方針を事前にお母さんと一言合わせてから行うこと」をお願いしてみてください。

そして、家族内で温度差や考え方の違いがある場合は、決して子どもの前で意見の違いを見せず、必ず本人のいない場で夫婦が認識を揃える時間を持つことを提案します。

中長期的な視点を持つことも忘れてはなりません。

回復は直線的な右肩上がりではなく、3歩進んで2歩下がるような「らせん階段」を登るプロセスなのです。今日の朝は引き算の関わりで本人の安全を第一に守り、1週間単位の視点では「今週1日でも行けたら御の字」「立ち止まった日は次のエネルギーを貯めるための充電期間」として日々の浮き沈みに一喜一憂しない心のゆとりを持ちます。そして1か月単位の視点では、登校日数という外面的な数値ではなく、表情が明るくなったか、自分の気持ちを言葉にできるようになったかという、内面の変化を見守ることが大切です。

後退に見える一時的な停止も、次に心地よく進むための大切な情報収集の期間なのです。

家庭は、挑戦に失敗しても、何一つ評価を落とさずに温かく迎えてもらえる絶対的な避難所であり続けること。

その絶対的な安心感こそが、再び外に踏み出すためのエネルギーを蓄える土台となります。

学校や周囲との連携、またはご家族との関わり方で迷ったときも、一人で悩まないでください。

よろしければ一度、私にお話を聞かせてください。いつでもここでお待ちしております。


あわせて読んでおきたい記事: 

不登校で父親と母親の考えが合わないとき――家庭の温度差をどう埋めるか

最後までお読みいただきありがとうございました。

どうぞ今日も良い一日でありますようにお祈りしております。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次