不登校の我が子に「勉強はどうするの?」と聞けなくなったご家族へ
今日も私のブログにお越しいただき、ありがとうございます。
感謝申し上げます。
「見守る」ということが、放っておくこととは違う。
少しずつ実感するようになってきた頃ではありませんか?
そんな時に、心の奥からそっと顔を出してくる問いがあるかもしれません。
「勉強はどうするのだろう」という問いです。
この十三回目は、その問いとどう付き合っていくかについて、これまで触れてこられなかった実利的な情報も含めて、考えていきたいと思います。
1.机の上の教科書と視界の調整
あるご家庭の机には、開かれないままの教科書が、何週間も同じ場所に置かれていました。
お母さんは、その教科書を見るたびに、「勉強はどうするの」と声をかけようとして、口をつぐんでしまうと話してくださいました。
その苦しさを減らす一つの方法として、教科書やプリントを、いったん本棚や引き出しにしまっておくという選択肢があります。
本人に「ここにあると気になるなら、いったんしまっておこうか」と確認したうえで、必要になったときにまた出せばよいのです。
片づけることは、学びを諦めることではなく、今の子どもが安心して過ごせる環境を整えることだと思っていただければと思います。
なぜ「勉強はどうするの」という一言が、これほど重く感じられるのか。
それは、その問いの奥に、「この子の将来は大丈夫だろうか」という、紛れもない愛情と不安が詰まっているからだと思います。
もちろん、そのお気持ちは、決して的外れなものではありません。
2.なぜ勉強の話が苦しくなるのか
子どもにとって、勉強は必ずしも中立な活動ではないことがあります。
学校へ行けていない自分、周囲に遅れてしまった自分を、勉強という行為が突きつけてくることがあるからです。
ゲームや動画には長い時間向き合えるのに、勉強には数分も向き合えない。
そこにあるのは、やる気の差というよりも、評価や失敗を伴う活動に向かうだけの心身の余力が、今はまだ戻ってきていないという違いなのではないかと私は思います。
ゲームや動画には、できる、できないという評価がつきまといません。
しかし、勉強には、その物差しが常について回ります。
ただ、ここで一つだけお伝えしておきたいことがあります。
勉強への向かいにくさが、気持ちの問題だけとは限らない場合があるということです。
眠りのリズムが崩れていたり、気分の落ち込みが続いていたり、読むこと書くこと、集中を続けることそのものに、以前とは違う困難さが感じられたりすることもあります。
そうした様子が続くようであれば、家庭の中だけで判断しようとせず、学校の相談担当や、心理や発達に詳しい専門機関に、一度様子を伝えておいていただければと思います。
原因を突き止めることが目的ではなく、その子に合った関わり方を見つけるための手がかりとして、専門的な視点を借りるという感じで考えていただければと思います。
3.誰が教えるか、いつ情報を渡すか
勉強を再開する前に、まず取り戻したいものがあります。
それは、「分からなくても責められない」「途中でやめてもよい」という、心理的な安全です。
数分、一問といった小さな単位から考え、点数や学年だけでなく、その子の興味を学びの入口として使うこともできます。
ここで、意外と見落とされやすい点があります。
それは、教える人が必ずしも親御さんである必要はないということです。
親子だと、どうしても感情が入りやすく、「どうして分からないの」「前にも説明したでしょう」という言葉が出やすくなります。
この言葉が、実は子どもにとっては、ものすごく辛いものなのです。
子どもの側も、親に分からない姿を見せることを恥ずかしく感じることがあります。
オンライン教材や個別の支援者、学校の先生など、感情の距離が少し離れた相手の方が、子どもにとって取り組みやすい場合もあります。
お母さんは教材を用意する人、生活を支える人になり、実際に教える役割は別の人に渡す。
それも、家族分担の一つの形だと思っていただければと思います。
また、お母さんが進路や教材について情報を集めておくことはとても心強いことですが、その情報をいつ、どう渡すかも、とても大切です。
子どもの気持ちが向いていないときに資料をまとめて見せることは、思いやりのつもりでも圧力になり得ます。
「今、少し聞けそう?」と確かめ、本人の了承を得てから、少しずつ渡していただければと思います。
4.問い詰めない声かけと、周囲からの言葉への返し方
「勉強はどうするの」を「今、気になっていることや知りたいことはある」に。
「何時間勉強したの」を「やってみて、どこが難しかった」に。
「みんなに遅れるよ」を「必要になったとき、一緒に考えられるよ」に。
「せめてこれだけは」を「見るだけと一問、どちらがやりやすそう」に変えてみてください。
ただ、優しい言葉に置き換えるだけでは十分ではありません。
子どもが「どちらも無理」と答えたときに、それでも、つい、言葉を重ねてしまいます。
それ以上重ねて選ばせず、「分かった、今日はここまでにしよう」とそのまま受け止められるかどうかが大切です。
今日の「無理」は、来月も「無理」であり続けるとは限りません。
一問だけ、一ページだけできた日があったとしても、その翌日にもう少しと量を増やそうとしないことも、同じくらい大切です。
できた分だけ次の要求が増えると、子どもは、できる姿を見せること自体が負担になっていきます。
少し物足りないところで終える方が、「また明日もやってみようか」という気持ちにつながりやすいのです。
ご家族以外から、「少しくらい勉強させたら」「甘やかしすぎではないか」といった言葉をかけられることもあると思います。
そのようなときは、細かく説明しようとしなくてかまいません。
「今、この子に合ったペースを考えているところなんです」という一言で、十分に応えたことになります。
5.進路と制度、そしてこの十三回を通して
登校できるかどうかと、学び続けられるかどうかは、切り分けて考えることができます。
別室登校、教育支援センター、フリースクール、オンライン学習など、選択肢は一つではありません。
学校教材、オンライン教材、個別支援、家庭学習を組み合わせる際には、費用や地域差、保護者の時間、機器環境によって利用できない方法もあります。
それを家庭の努力不足と考える必要はありません。
ここで、実利にかかわる大切な制度についてお伝えします。
小中学校では、自宅でのICTなどを活用した学習が、学校との連携や計画的な学習など一定の要件を満たし、校長が認めた場合に、指導要録上の出席として扱われることがあります。
高校の場合は、通信教育やメディアを利用した学習を、学校の指導計画のもとで単位認定へつなげられる制度がありますが、小中学校の出席扱いとは異なる仕組みです。
適用の条件や手続きは学校によって異なりますので、担任の先生や教育支援センターに、一度具体的に確認していただければと思います。
また、中学生と高校生とでは、時間的な制約が大きく異なります。
中学生は原則として学年が上がっていきますが、高校生の場合は、単位の取得状況や出席日数、転学や休学の手続きに期限があることが多く、動くべき時期が限られています。
焦る必要はありませんが、今どのくらいの猶予があるのかを、早めに学校へ確認しておくことは、お母さんの安心にもつながります。
こうした情報を集めることも、お母さんお一人で抱える必要はありません。
お父さんや祖父母、学校、地域の支援機関と分担しながら進めていただきたいと思います。
勉強を急がせないことと、子どもの学びや将来を諦めることは、同じではありません。
安心できる関係の中で、自分のペースと方法を選べるようになったとき、学びは、小さな形から、また静かに始まっていきます。
不登校のトンネルを抜けるということは、以前と同じ場所へ戻ることだけを意味するのではないと、私は思っています。
その子に合った出口と、その先の道を見つけていくこと。それもまた、トンネルを抜けるということです。
この十三回でお話ししてきた家庭の温度差も、お母さん自身の消耗も、身体のサインも、きょうだいの苦しさも、お金の現実も、そして今回の勉強のことも、どれも一人で抱えるには重すぎるものばかりです。
仕方がないと諦めるのではなく、誰かと一緒に考えるという選択肢を、ご自身のために残しておいていただきたいと思います。一人で悩まないでください。
シリーズは今回で一区切りとなりますが、これまでの十三回は、いつでも記事一覧から読み返していただけます。
今のご家庭に必要な回に、また戻ってきていただければと思います。
お悩みの方は、個別にご相談ください。
最後までお読みいただきありがとうございました。
どうぞ今日も良い一日でありますようにお祈りしております。
