「甘やかすからだ」と言われたとき、母親はどう自分と子どもを守るか
今日も私のブログにお越しいただき、ありがとうございます。
感謝申し上げます。
きょうだいの気持ちを見つめてきた前回から続けて、今日は、少し違う角度から聞こえてくる声について考えてみたいと思います。
それは、周りの人から向けられる言葉です。
今回は、中学生や高校生のお子さんと過ごしているお母さんを思いながら、お話ししていきたいと思います。
「甘やかすから」と言われる場面
不登校のお子さんと過ごしていると、ある日、身近な誰かから「甘やかしているんじゃないか」「甘やかすから、学校に行かなくなるんだ」という言葉をかけられることがあります。
言ってくるのは、ご主人であることもありますし、実家のご両親であることもあります。
学校の先生や、親戚、時には昔からの友人であることもあるかもしれません。
多くの場合、相手に悪気はなく、むしろ心配して、あるいは良かれと思って口にしているのだと思います。
ただ、その言葉を受け取るお母さんの側は、必ずしもそのようには受け止められません。
お母さんは、それまでも、どうしたら子どもが動き出せるか、どう声をかければいいのかを、一人で考え続けてきています。
朝、起こすべきか眠らせておくべきか、食事をどう出すか、ゲームをどこまで見守るか。
日々の対応は、決して思いつきや甘さから来ているものではなく、その時その時に精いっぱい選んできたものだと思います。
そこに、「甘やかしているから」という一言が入ってくると、これまでの関わり方すべてを、まるごと否定されたような気持ちになってしまうことがあります。
頑張って対応してきたはずなのに、その努力まで消えてしまったように感じることもあると思います。
本当に、そう感じてしまうのは、仕方がないことだと思います。
ここで、一つだけお伝えしておきたいことがあります。
眠れない日が続いている、食事の量が急に大きく変わった、自分を傷つけるような様子がある、あるいは「消えたい」「いなくなりたい」というような言葉が見られる場合、これは今回のテーマである「甘やかし」の話とは、はっきり分けて考えていただきたい場面です。
そのようなときは、家庭だけで抱え込まず、すぐに医療機関のこころの相談窓口や、スクールカウンセラー、地域の子ども家庭支援センターなど、専門の窓口に相談していただきたいと思います。
今回お伝えする内容は、そこまでの緊急性がない場面を前提にしたお話だということを、先にお伝えしておきたいと思います。
その言葉が、お母さんの中で何を揺らすのか
「甘やかすから」という言葉が重いのは、それが単なる批評ではなく、「あなたの子育てが間違っている」という評価として響いてしまうからだと思います。
お母さんの中には、もともと「私の関わり方が良くないのかもしれない」という不安が、静かに存在していることが少なくありません。
そこに外からの言葉が重なると、その不安が一気に大きくなり、「やはり自分が悪いのだ」という結論に、急いで飛びついてしまうことがあります。
この言葉のつらさは、相手の言い方そのものよりも、お母さんがもともと抱えていた不安と結びついて増幅されている、という側面もあると思います。
そう考えると、対処すべきものは、相手の言葉そのものだけではなく、お母さんの中にすでにあった不安にも目を向ける必要があるのだと感じます。
ある家庭にあった、静かな変化
ここで、複数のご相談をもとに再構成した事例をひとつご紹介したいと思います。
あるお母さんは、中学生の子どもが不登校になってから、無理に学校の話をせず、子どもの好きなように過ごさせるようにしていました。
子ども自身が少しずつ落ち着いていく様子を見て、お母さんなりに、これでいいのだろうと感じていた時期もあったそうです。
そんなとき、実家に帰った際、お母さんの母親から「そんなに甘やかしていたら、いつまでも動けなくなるよ」と言われました。
悪気のない、ごく自然な一言だったのだと思いますが、その言葉は、お母さんの心に深く残りました。
その日以降、お母さんは、それまでよりも子どもに対して厳しく接するようになっていきました。
決まった時間に起きるように声をかけ、勉強をするように促し、できないときには、つい強い口調になってしまうこともあったそうです。
お母さん自身も、「甘やかしていると、また言われないように」という気持ちで動いていたのだと思います。
子どものためというより、自分が責められないためという部分も、少しあったのかもしれません。
しかし、子どもは、以前よりも部屋にいる時間が長くなり、会話も少なくなっていきました。
お母さんは、「厳しくしたはずなのに、逆に離れていく」という感じを覚え、何をどうすればいいのか、また振り出しに戻ったような気持ちになったそうです。
優しさと甘やかしの違い、そして原因は一つではないということ
子どもの様子だけを見ていると、「怠けている」「甘えている」というふうに映ることがあるかもしれません。
特に、周りから「甘やかしているから」と言われた直後は、その見方に引き寄せられやすくなります。
ただ、学校に行けない理由は、一つとは限りません。
友人関係の疲れやすれ違い、勉強のつまずき、体調の波、発達の特性による過ごしにくさ、先生との関係、家庭の状況など、いくつもの要因が重なっていることが多いのです。
「甘やかしているかどうか」という一つの軸だけで、子どもの状態を判断してしまうと、本当に見なければならないものを見落としてしまうことがあります。
その内側には、学校に行けない自分をどう受け止めていいかわからない気持ちや、これ以上頑張ったらどうなってしまうのかという不安、そして、もう一度失敗したときに立ち直れる自信がないという心配が、隠れていることが少なくありません。
甘えというよりも、今の自分を守るために、動けなくなっているという感じだと思います。
動かないことが目的なのではなく、動いた先で傷つくことを、これ以上受け止められないという状態です。
ここで、優しくすることと、何でも受け入れることは同じではないということも、あわせて考えておきたいと思います。食事を用意すること、朝に無理に急かさないこと、部屋で過ごす時間を認めることは、甘やかしではなく、子どもが今の自分を保つための支えだと思います。
一方で、家族として大切にしたいことを伝えることも、決して悪いことではありません。
また、中学生や高校生のお子さんは、もう自分の意見や考えを持っています。
小さな子どもに対する関わり方と同じように、一方的に決めて伝えるのではなく、本人の考えも聞きながら進めていくことが、この時期には特に大切だと思います。
外からの「甘やかすから」という言葉と、それに応えようとするお母さんの厳しさが重なると、子どもは、ますます自分の気持ちを言葉にしづらくなってしまいます。
「どうせ分かってもらえない」という感覚が、静かに積み重なっていくことがあります。
「甘やかしているだけではないか」という不安が強くなるほど、お母さんは、子どもの気持ちを聞く前に、行動を変えさせようとしてしまうことがあります。
これは、決してお母さんが冷たいからではなく、それだけ追い詰められているということだと思います。
言葉に振り回されず、自分と子どもを守るために
まず、「甘やかしているのではないか」と言われて傷ついたご自分の気持ちを、そのまま認めていただきたいと思います。
その言葉に傷つくのは、お母さんが子どものことを、それだけ深く考えているからだと思います。
そのうえで、その言葉は誰の立場から、どんな気持ちで言われたものか。
その背景に、相手なりの心配や、時代の違いがあるかどうか。自分は、子どものどんな様子を見て、今の関わり方を選んでいるのか。
この三つを、少しずつ分けて考えていただければと思います。分けて考えるだけでも、外からの言葉と、ご自分の判断とを、少し距離を持って見られるようになると思います。
相手の言葉を全否定する必要はありませんが、そのまま自分への評価として受け取らなくてもいい、ということでもあります。
家庭で大切にしたいことを決めるときは、静かに一方的に伝えるだけでなく、次のような進め方を試してみてください。
・まず、子ども自身の考えや希望を聞いてみる
・「しばらく、この形で試してみようか」と期間を決めて始める
・決めた期間のあとで、うまくいったこと、難しかったことを一緒に振り返り、必要であれば見直す
このような進め方であれば、子どもも一方的に決められたと感じにくくなり、自分のことを決める過程に参加できたという感覚を持てるようになると思います。
そして、変化を見るときも、学校に行けたかどうかだけを基準にしないでいただきたいと思います。眠れているか、食べられているか、会話の量や表情、家の中で安心して過ごせているかどうか、そして、お母さんやご家族が無理をしすぎていないかといったところにも、目を向けてみてください。
登校できた日だけを「良い日」とするのではなく、そうした小さな変化の積み重ねを見ていくことが、今の状態を理解する手がかりになると思います。
学校や支援機関とやりとりをする場面でも、すべてを詳しく話す必要はありません。
担任の先生やスクールカウンセラーには、今の家庭での過ごし方の方針や、子どもが安心して過ごせるために大切にしていることを、必要な範囲で伝えていただければ十分だと思います。
「今は、家で落ち着いて過ごせることを大切にしています」「本人の様子を見ながら、家族で考えています」というくらいの言葉で、十分に伝わることもあります。
周りに、細かく事情を説明して、理解してもらわなければならないわけではありません。
話すたびに傷つく相手であれば、しばらく不登校の話題そのものを避けることも、一つの方法だと思います。
実際の関わりの中では、大きく方針を変えるのではなく、小さな範囲から見直していくことをお勧めしたいと思います。
今日の声かけを、いつもより一つだけ減らしてみる。
厳しい口調になりそうなときは、一度だけ言葉を止めてみる。そうした小さな変化からで十分だと思います。
そして、こうした場面で、ご自分の判断を確認できる相手を持っておくことも、大切なことだと思います。
お母様が一人で悩まないでください。
身近な人でも、専門家でも構いませんが、外からの言葉に一人で対抗し続けるのではなく、誰かと一緒に考えられる状態を作っていただきたいと思います。
こうした小さな積み重ねは、周りの言葉に振り回されるのではなく、ご自分の目で子どもを見ていく力にもつながっていきます。
そしてその先には、「見守る」ということが、放っておくことと何が違うのか、あらためて分からなくなってしまう時期もやってきます。
今日のところは、まず、ご自分を責めなくていいということだけ、覚えておいていただければと思います。
お悩みの方は、個別にご相談ください。
最後までお読みいただきありがとうございました。
どうぞ今日も良い一日でありますようにお祈りしております。
