塾には行けるのに学校に行けない子に何が起きているのか
中学受験家庭が誤解しやすい点
今日も私のブログにお立ち寄りいただきありがとうございます。
感謝申し上げます。
学校に行けない。
でも、塾には行ける。
この状態になると、親はとても戸惑います。
「学校に行けないのに、なぜ塾には行けるのだろう」
「勉強できるのだから、元気なのでは?」
「学校を休んで塾に行くのは、おかしいのではないか」
こうした疑問を持つのは自然なことです。
ただ、この状態は外から見えるよりずっと複雑です。
そして、ここで大事なのは、“学校に行けないのに塾に行ける”ことを、すぐに矛盾や甘えと決めつけないことです。
親が混乱しやすいのは当然です
学校と塾は、どちらも「行く場所」です。
だから親の側から見ると、
- 学校に行けないなら塾も行けないはず
- 塾に行けるなら学校も行けるはず
と考えたくなります。
ですが、子どもにとって学校と塾は、同じ「行く場所」ではありません。
負荷のかかり方も、意味も、感じ方も違うことがあります。
学校と塾は、子どもにとって何が違うのか
学校には、勉強以外の要素がたくさんあります。
- 朝から長時間過ごす
- 同じ教室で逃げ場が少ない
- 人間関係が固定されやすい
- 行事や集団活動がある
- 生活空間そのものになっている
一方、塾は比較的、
- 時間が限られている
- 目的が明確である
- 勉強に集中しやすい
- 学校ほど人間関係が濃くない
- 行って帰る、という区切りがある
という違いがあります。
「勉強できる=元気」ではない
ここでよく起きる誤解が、
「塾に行ける」「勉強している」=「元気である」
という見方です。
しかし、実際には、
- 勉強だけが最後に残っている
- 受験だけは手放したくない
- 学校より塾の方がまだ耐えられる
- 勉強している間だけ不安を忘れられる
ということもあります。
無理に整合性を取ろうとすると苦しくなることがある
親としては、どうしても整合性を求めたくなります。
- 塾に行けるなら学校も行きなさい
- 学校に行けないなら塾もやめなさい
この考え方には筋が通っているように見えます。
でも、子どもの内側では、学校と塾は同じものではありません。
だから、この二択で迫ると、
- どちらも失う不安が大きくなる
- 本音を言いにくくなる
- かえって状態が悪化する
ことがあります。
ご家庭で最初に確認したいこと
1. 学校で何が負荷になっているのか
- 人間関係か
- 集団活動か
- 生活全体か
- 評価や緊張か
2. 塾に行けている理由は何か
- 勉強が好きだからか
- 受験だけは続けたいからか
- 学校より負荷が小さいからか
- 将来への希望として残っているからか
3. 生活はどこまで保てているか
- 睡眠
- 食事
- 会話
- 休息
- 体調
受験を続けるなら見落とせない視点
この状態でも受験を続けること自体は、必ずしも間違いではありません。
ただし、続けるのであれば、
- 塾の負荷は適切か
- 学校とのバランスをどう取るか
- 回復の時間が確保されているか
- 志望校選びが本人に合っているか
を見直す必要があります。
まとめ
塾には行けるのに学校に行けない状態は、甘えや矛盾で片づけられるものではありません。
学校と塾は、子どもにとって意味も負荷も違います。
塾に行けていることが、元気さの証拠とは限らず、最後の支えになっていることもあります。
学校と受験の両方が絡む問題は、ご家庭だけで整理しようとすると苦しくなりやすいです。
状況を一度整理したい方は、相談案内もご覧ください。
最後までお読みいただきありがとうございます。
どうぞ今日も良い1日でありますようにお祈りしております。
ー中学受験と不登校(1004)ー




