中学受験と不登校(1002)
「正解主義」に縛られている子
― 思考停止を引き起こす原因 ―
前回(アメブロ「中学受験と不登校(1001)」は、間違えるのが怖い子ども達についてお話しさせていただきました。
間違えることへの不安が強くなると、
自分で考える前に答えを求めてしまうようになる、ということでした。
では、もう一歩進めて考えてみたいと思います。
なぜ、そこまで「正解」にこだわるようになるのでしょうか。
子ども達の様子を見ていると、
とてもはっきりとした特徴があります。
それは、
「正解することがすべてになっている」ということです。
問題に取り組むときも、
どう考えるかよりも、
合っているかどうかが気になる。
途中の過程よりも、
最終的な答えが合っているかどうかに意識が向いています。
もちろん、テストがありますから、
正解が大切なのは間違いありません。
点数もつきますし、
結果として表れてきます。
ただ、ここで少し立ち止まって考えてみたいのです。
本来、勉強というのは、
正解を出すことそのものが目的なのでしょうか。
少し違うのではないかと思います。
勉強は、
わからないことを理解し、
できなかったことをできるようにしていくものです。
その過程の中で、
正解にたどり着くという結果がついてきます。
ところが、
正解することだけが目的になってしまうと、 その過程が抜け落ちてしまいます。
以前、ある子どもがこんな様子でした。
問題を解いて、答えを見て、
合っていると安心する。
そして、そのまま次に進んでいきます。
一見すると、順調に進んでいるように見えます。
ですが、少し時間が経ってから同じ問題を出すと、
また止まってしまうのです。
そのときに聞いてみると、
「前にやったことは覚えてるけど、どうしたかは覚えていない」
と答えます。
これは、特別なことではありません。
多くの子ども達に見られる状態です。
なぜ、このようなことが起こるのでしょうか。
それは、
考えることよりも、正解することが優先されているからです。
正解しているときは安心できます。
間違えていない自分でいられるからです。
ですが、その安心は一時的なものです。
少し形が変わっただけで、またわからなくなってしまうからです。
そして、その経験が重なると、
「やっぱり自分はできないのかもしれない」
という気持ちが、少しずつ強くなっていきます。
ここで大切なのは、正解かどうかではありません。
どのように考えたのか
ということです。
たとえ間違えていても、しっかり考えた跡がある答案は、次につながります。
一方で、
正解していても、なんとなく解いているだけでは、なかなか力にはなりません。
この違いは、時間が経つほど大きくなっていきます。
では、どうすればよいのでしょうか。
特別なことをする必要はありません。
少しだけ視点を変えることです。
正解したかどうかだけでなく、
どう考えたのか、
どこで迷ったのか、
そこに目を向けていくことです。
その積み重ねが、
少しずつ「考える力」を育てていきます。
そして、
正解に縛られずに考えられるようになったとき、 学びは大きく変わっていきます。
では、なぜ子ども達は、ここまで「正解」にこだわるようになるのでしょうか。
その背景には、どのような環境や関わりがあるのでしょうか。
このあたりについても、もう少し具体的に考えてみて欲しいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。
どうぞ今日も良い1日でありますようにお祈りしております。
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